みなし残業を導入したい―その相談から実際の法律条文を読んでみます

1.よくある質問「事務職にみなし残業を導入できますか?」
「事務職を対象にみなし残業を就業規則で導入したいです」
このような、ご相談をスタートアップ企業を中心に昔からいただくことがありました。
「具体的にどのような制度をお考えですか?」とお聞きすると、「休憩時間がお昼休憩以外にだいたい1時間ぐらいはとっているはずなので、1日1時間は残業代が出ない」という制度であることが多いです。
まず、「みなし残業」という言葉自体、かなり誤解を招きやすい言葉です。今はAIに相談する方も増えましたが、法律上の名称ではないので、AIに相談しても、会話がかみ合わないことが多いようです。そんな理由からでしょうか。今でも、良くいただくご相談です。
しかし、結論から申し上げると、このような制度を事務職を対象に導入することはできません。
「1時間ぐらい休憩しているはずだから、1時間分は労働していないものとみなす」という一般的な事務職を対象とした制度はありません。
では、法律上、労働時間を「みなす」ことが認められているのは、どのような場合なのでしょうか。
2.法律上の「みなし労働時間制」は3種類あります
まず、「みなす」の意味です。
これを誤解している方は非常に多いです。
例えば、「8時間働いたものとみなす」という場合、「実際の労働時間にかかわらず、8時間働いたものとされてしまう」ということです。簡単に言うと、このような制度です。そして、このような制度は、労働基準法にも存在します。
ただ、みなし労働時間制は次の3つしかありません。
事業場外のみなし労働時間制
専門業務型裁量労働制
企画業務型裁量労働制
事業場外みなし労働時間制は、事業場外で働き、労働時間の算定が困難な場合に一定の時間を労働したものとみなす制度です。
専門業務型裁量労働制は、業務遂行の手段や時間配分などを大幅に本人の裁量に委ねる必要がある、法令で定められた20業務を対象としています。
企画業務型裁量労働制は、事業運営に関する企画、立案、調査及び分析の業務などを対象とした制度です。
この3つしかありません。一般的な事務職を対象にした制度ではないので、みなし労働時間制は適用にならないのです。ここまでの説明であれば、労務管理を担当している方なら聞いたことがある方も多いかもしれません。
しかし、ここで一つ質問があります。「みなし労働時間制」の条文を実際に読んだことがありますか?
3.「みなし労働時間制」の法律条文を実際に読んだことはありますか?
制度の名前や概要を知っている方はいても、労働基準法38条の2、38条の3、38条の4を実際に最初から最後まで読んだことがある方は、多くないのではないでしょうか。
実際に条文を読んでみると、少し印象が変わると思います。ざっとで良いので、1度ご覧いただきたいのです。印象がガラッと変わると思います。
3-1.事業場外のみなし労働時間制(労働基準法第38条の2)の条文
まず、事業場外のみなし労働時間制の条文です。以下にになります。
労働基準法第38条の2 1. 労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。 2. 前項ただし書の場合において、当該業務に関し、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定があるときは、その協定で定める時間を同項ただし書の当該業務の遂行に通常必要とされる時間とする。 3. 使用者は、厚生労働省令で定めるところにより、前項の協定を行政官庁に届け出なければならない。 |
条文を読むと、まず気づくのが、事業場外みなし労働時間制を定めた労働基準法38条の2では、「事業場外で業務に従事した場合」であれば何でもよいわけではないということです。「労働時間を算定し難いとき」という要件があります。事業場外で働いているというだけで、自由に労働時間をみなせる制度ではありません。一般的に考えられているより、条件・要件が厳しいということです。
なお、「労働時間が算定しがたいとき」についてですが、これだけでは会社も判断ができないので詳細なルールが定められています。
3-2.専門業務型裁量労働制の条文(労働基準法38条の3)
次に、専門業務型裁量労働制の条文です。まず、一言一句読むのではなく、ざっとで良いのでご覧いただきたいのです。
労働基準法 第38条の3 1.使用者が、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、次に掲げる事項を定めた場合において、労働者を第1号に掲げる業務に就かせたときは、当該労働者は、厚生労働省令で定めるところにより、第2号に掲げる時間労働したものとみなす。 ➀業務の性質上その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をすることが困難なものとして厚生労働省令で定める業務のうち、労働者に就かせることとする業務(以下この条において「対象業務」という。) ➁対象業務に従事する労働者の労働時間として算定される時間 ➂対象業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し、当該対象業務に従事する労働者に対し使用者が具体的な指示をしないこと ➃対象業務に従事する労働者の労働時間の状況に応じた当該労働者の健康及び福祉を確保するための措置を当該協定で定めるところにより使用者が講ずること ⑤対象業務に従事する労働者からの苦情の処理に関する措置を当該協定で定めるところにより使用者が講ずること ⑥前各号に掲げるもののほか、厚生労働省令で定める事項 2.前条第3項の規定は、前項の協定について準用する。 |
条文を読むと、対象となる業務は法令で定められた業務に限定されていることがわかります。そのうえで、労使協定を締結し、様々なことなどを協定する必要があります。
法律の条文だけでも詳細ですが、法律に全て定めることはできないので、詳細は厚生労働省令で定められているのです。
3-3.企画業務型裁量労働制の条文(労働基準法38条の4)
そして、最後に、企画業務型裁量労働制を定めた労働基準法38条の4です。事前にお伝えしておきますが、長すぎるので条文はざっと眺めるだけでかまいません。
労働基準法 第38条の4 1.賃金、労働時間その他の当該事業場における労働条件に関する事項を調査審議し、事業主に対し当該事項について意見を述べることを目的とする委員会(使用者及び当該事業場の労働者を代表する者を構成員とするものに限る。)が設置された事業場において、当該委員会がその委員の5分の4以上の多数による議決により次に掲げる事項に関する決議をし、かつ、使用者が、厚生労働省令で定めるところにより当該決議を行政官庁に届け出た場合において、第2号に掲げる労働者の範囲に属する労働者を当該事業場における第1号に掲げる業務に就かせたときは、当該労働者は、厚生労働省令で定めるところにより、第3号に掲げる時間労働したものとみなす。 ➀事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務であつて、当該業務の性質上これを適切に遂行するにはその遂行の方法を大幅に労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする業務(以下この条において「対象業務」という。) ➁対象業務を適切に遂行するための知識、経験等を有する労働者であつて、当該対象業務に就かせたときは当該決議で定める時間労働したものとみなされることとなるものの範囲 ➂対象業務に従事する前号に掲げる労働者の範囲に属する労働者の労働時間として算定される時間 ➃対象業務に従事する第2号に掲げる労働者の範囲に属する労働者の労働時間の状況に応じた当該労働者の健康及び福祉を確保するための措置を当該決議で定めるところにより使用者が講ずること。 ➄対象業務に従事する第2号に掲げる労働者の範囲に属する労働者からの苦情の処理に関する措置を当該決議で定めるところにより使用者が講ずること。 ➅使用者は、この項の規定により第2号に掲げる労働者の範囲に属する労働者を対象業務に就かせたときは第3号に掲げる時間労働したものとみなすことについて当該労働者の同意を得なければならないこと及び当該同意をしなかつた当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならないこと。 ➆前各号に掲げるもののほか、厚生労働省令で定める事項 2.前項の委員会は、次の各号に適合するものでなければならない。 ➀当該委員会の委員の半数については、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者に厚生労働省令で定めるところにより任期を定めて指名されていること ➁当該委員会の議事について、厚生労働省令で定めるところにより、議事録が作成され、かつ、保存されるとともに、当該事業場の労働者に対する周知が図られていること ➂前2号に掲げるもののほか、厚生労働省令で定める要件 3.厚生労働大臣は、対象業務に従事する労働者の適正な労働条件の確保を図るために、労働政策審議会の意見を聴いて、第1項各号に掲げる事項その他同項の委員会が決議する事項について指針を定め、これを公表するものとする。 4.第1項の規定による届出をした使用者は、厚生労働省令で定めるところにより、定期的に、同項第4号に規定する措置の実施状況を行政官庁に報告しなければならない。 5.省略 |
5項はあまりに長いので省略しましたが、事前にお伝えした通り、それでも、たった1つの条文なのにビックリするほど長文です。
労使委員会を設置し、その委員の5分の4以上の多数による決議を行うことに加え、対象業務、対象労働者の範囲、みなし労働時間、健康・福祉確保措置、苦情処理、本人同意など、多くの事項について定める必要があります。
ここまで読んで、3つの条文をお読みいただき、どのようにお感じでしょうか。
条文がビックリするぐらい長く、それでも、法律に条件や要件が全てが定められているわけではなく、導入要件が厳しい
そうお感じの方は多いのではないでしょうか。
4.なぜ、みなし労働時間制の法律条文はこんなにも長いのでしょうか
法律条文だけで、これだけ長いのです。しかも、詳細は、規則・通達などに定められているのにです。ここに「みなし労働時間制」という制度の本質がよく表れていると私は考えています。
みなし労働時間制と聞くと、会社にとても便利な制度であるとお感じかもしれません。確かに、一見、そのような便利な制度のようにも聞こえます。
しかし、実際の法律を読むと、労働時間をみなすことができるようにする代わりに、極めて厳しい条件・要件を課しているのです。
法律条文が長いのは、様々な仕事が生まれている現代の社会において、みなし労働時間制の必要性を法律は認めつつも、実際の労働時間ではなく「みなした時間」を労働時間として扱う以上、それを認める場面を法律が細かく限定しているからなのです。
5.冒頭の会社は「みなし労働時間制」を導入できないのなら、どうしたら良いのでしょうか~AI時代に専門家に求められる真の役割
ここで、最初のご相談の話に戻ります。ここまで見てきたように、法律上の「みなし労働時間制」は、どのような社員にも自由に適用できる制度ではありません。そのため、この会社が考えていた形で事務職にみなし労働時間制を適用することはできませんでした。
ただ、みなし労働時間制が使えないからといって、ご相談企業が考えていた働き方そのものが実現できないということにはなりません。
「休憩時間がお昼休憩以外にだいたい1時間ぐらいはとっているはずなので、1日1時間は残業代が出ない」
ご相談者の真の思いが伝わらず誤解を受けているケースもあります。しかし、なぜ、このような制度を導入したいと思ったのかを丁寧に伺い、実現したい真の課題は何かを丁寧に伺うことで問題が解決することはよくあります。
冒頭の企業の真意は「1時間ぐらいなら休憩をとっても良い」「1時間の休憩を見越した制度にしたい」ということだったのです。思いが明確になれば、解決策はあります。実際、冒頭のご相談企業は、法律上認められた別の方法で対応することになりました。
このように、ご相談者の真意をくみ取ることがAI時代に専門家に求められた真の役割だと思っています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
執筆者
フェスティナレンテ社会保険労務士事務所
代表・特定社会保険労務士 小嶋裕司
執筆者プロフィール
業務の99%超を就業規則の関連業務で占める就業規則の専門家。2008年の開業当初から、就業規則、賃金制度、残業代など、就業規則に関連した無料相談を月数社限定で行っている。ご相談日については、その後のスケジュールを空けており、時間無制限で行っている。対面でもオンラインでも行っているため、日本全国から相談を受けている。


